道場の概要
習成館は、直参旗本出身の柴田衛守によって明治12年(1879年)に創設された剣道場です。習成館の名は、勝海舟の命名で、海舟直筆の横額(戦災で焼失)が道場の奥に掲げてあったといいます。以来、この道場をふくめて四つの道場(四谷箪笥町、四谷塩町、四谷荒木町)を興しては潰し、四谷左門町に習成館を興したのは明治19年、現在の場所に道場が移転したのは大正7年、そして昭和20年の戦災で道場は焼失してしまいます。それから苦節40年を経て、柴田鐵雄により、ようやく再興することになります。新しい道場は、地下1階で近代的施設のもと剣道と鞍馬流剣術の稽古が今日も行われています。
柴田家過去帳の最初に「柴田氏ハ本徳川家譜代ノ家柄 剣ヲ治メテ門ヲ立ツ 当山草創ノ檀那タリ 以来四百有余歳堅ク同信ノ法流ヲ汲ム所ナリ」と記載されています。家康以来400年以上もこの四谷界隈で「剣ヲ治メテ門ヲ立ツ」そして現在も活動中という道場は他にはありません。これからも時代の荒波に揉まれながらも維持、発展していく道場「習成館」でありたいと願います。